今日も仕事帰りの通期パス入場。
その日は昼下がりから私の胃は何を求めているのか万博のグルメ情報を見ながら自問自答していた。
もちろん懐の具合とも相談しながら。
基本的に万博はグルメ目当てで訪れていて、この日のテーマはオランダ館のニシンとした。
ふらりと行くと、いつもなんとなく見てまわってしまい、家に帰ってから「マレーシア館のレストランは空いてなかったか。でもそこに寄るとオランダ館から遠くなってたな。じゃあベルギーワッフルはどうだったか」などともう少し調べてからいけば良かったと後悔することが多い。
そのため、1つだけでもこれを食べたい、というふうにテーマを決めるようにしている。
決めていなかった時は”孤独のグルメ”のように(実際にリアル孤独のグルメをしているわけだが)今の私の胃はなにを欲しているのか。何を食べれば後悔しないかなどと自問自答しながら彷徨っていた。
それはそれで贅沢な時間の使い方で良いのだが。
また、万博のグルメは夕方には売り切れることが結構多い。
この日もアメリカ館の行列やスパイファミリーのキッチンカーには目もくれず、その人混みの中を縫うように蛇行ながらも、ゴールのオランダ館にまっすぐ向かうことにした。
この日も東ゲートからの入場だったのでオランダ館はほぼ真逆の西ゲート側になるためやっぱり遠い。
いつも思うが東ゲートから西エリアに行く時はどのルートがいいのか迷う。
静けさの森を突っ切るか、シグネチャーパビリオンの間を通るか。
そして、ルート選びでのネックがトイレに行きたい時でこの日もトイレに行きたかったが、夢洲駅のトイレは出口と真逆にあるので選択肢から外した。
万博に入ってからトイレに行こうと思うと外周側を通って目指すことになり目的地へのルートとしては遠回りになることが多い。
ちなみにこの日のテーマのオランダ館のニシンはパビリオンにレストランやカフェが併設されていてイートインできるのか、テイクアウトのみなのか、どうやって買えるのか、そういう事は全くわかっていない。
そのようなことを考えながら、しっかり歩いていくとオランダ館に到着した。
オランダ館の正面に向かって右手はパビリオン出口、中央はパビリオン入口になっていた。
ニシンは左手かと思い、大屋根リング側に向かうも何かの入り口はあったがどう見てもニシンはなさそう。さらに奥に進むと路地のような隙間が見えるも立ち入り禁止の看板があった。
「おいおい、ないやん」と頭の中でツッコミながら周りと後ろに人が来ていないか注意しながら踵を返し正面に戻った。
するとさっきは気づかなかったが案内板のようなものが、人混みで親とはぐれた子供のように立っている事に気づいた。私はまるでその迷子の親のように、案内板らしきものに駆け寄り覗き込むとやはり案内板だった。そこにはしっかりと「カフェ・ショップ」の文字が確認できた。
ここにニシンがあるに違いないとホッとすると同時に気付いた事がある。
「これはパビリオンの出口の中にカフェがあり、まずパビリオンに入らないとカフェに入れないのではないか?」
ちょうど出口の外側に警備員の制服を着た女性が申し訳なさそうに佇んでいた。
後で思えば、この時「パビリオンに入らないとカフェに入れないのか」と聞けば良かったのだが、そうは聞けずにパビリオンに入らないと行けないと思い込んでいた。あるいは何度もお客さんから同じようなことを聞かれているであろう警備員の女性を気遣ったのかもしれない。そう思ったのも一瞬だったように思う。次に警備員の女性を見た時には「予約なしで入れますか」と言葉が漏れ出ていた。パビリオンの入り口を指差すと同時に。
「予約なしでもいける時もあるのですが今はちょっと分からないですね。今日の昼ぐらいはいけたのですが」とのこと。
さらに「警備員なのでちょっと・・・」とまた申し訳無さそうにされているので
「分かりました。ありがとう」と言いながら右の手のひらを女性に向け、体はすでにパビリオンの入り口の方向に向いていた。頭の中では「そりゃそうだ。警備員の女性よりも入り口で談笑してるスタッフに聞くしかないな」と考えながら。
パビリオンの入口ではスタッフが談笑している。
おそらく談笑しているのは日本人男性と日本人女性、それからオランダ人の男性の3人だ。その他にもオランダ人と思われるガタイの大きい警備員姿の男性も少し離れた場所で、いささか警備員とは思えない感じで楽しそうな雰囲気を醸し出す姿が見えた。
まるでフラッシュモブでパフォーマンスを始める警備員姿の演者のように。
その楽しそうな警備員が少し離れていたのが良かったのか残念だったのかは分からないが今がチャンスと思い、談笑している3人のスタッフをターゲットに捉え声をかけることにした。
に50〜60代ぐらいのご夫婦がなにやらスタッフに聞いていたようだが内容までは聞き取れない。話が終わったのかそのご夫婦が少し離れ女性スタッフと話しているすきに男性スタッフに話しかけた。
「予約なしで入れますか?」
するとスタッフは最後まで聞くまでもなく「今なら予約なしで入れます!」
おそらく今日も数えきれないほど同じような質問を聞いてきたのだろう。予約というフレーズを聞いただけで入れるかどうか答えられるぐらい。まるで早押しクイズの回答者のように。
後ろで「良かったね」と会話するご夫婦の声が耳に届きながら行列整理用のポールの隙間から中に入った。後ろのご夫婦も私に続いて入ってきている事が見えた。中に目をやると入り口から5mほど先に列に並んでいる最後尾の人の姿が見える。夏休み前の最後の授業が終わるのを待っている小学生のように。
このタイミングの行列はパビリオンの中だけのようで外にも行列用のポールが並んでいたが片づけ忘れたビーチパラソルみたいに、熱気と喧騒の名残だけが、空気のすき間にかすかに残っていた。
パビリオンのエントランスには白の大きな球形のものが天井から張り出しており、エントランスは白い基調のデザインでまとめられていた。その色のせいかユスリカもこのパビリオンに見学に訪れていた。中のスタッフはちゃんと列に並んで下さいとでも言いだけに自分の帽子で壁にとまってるユスリカを追い払おうとしていた。
しばらく並ぶとオーブ(とスタッフが言っていたような気がするが正確には覚えていない)という光る白の鞠のような直径20cmぐらいの丸いものを渡され、それを使いパビリオン内を巡るという説明を聞いた。行列用のポールと黒の幅5cmほどの車のシートベルトのようなテープで区切られた列に並びながら。
オーブの受渡しするところに近づくにつれてテープの開け閉めで入れる人数を調整している事がわかった。大体10人〜15人ぐらいずつ通されているようだ。
ちなみにテープを開け閉めしているのはあのガタイの大きい外国人の警備員だった。
パビリオンの中の様子はここでは割愛するがスロープを上っていき、最後に階段で降りるようになっており、外からみえる球体の中身も途中で判明するようになっていた。
その階段を降りると徐々に明るくなってきて、途中の踊り場から1階が見えた。
夢から覚めた時のような明るさが身体を照らし出した。まるで子供の頃、夜中にふと目が覚めると楽しそうに何かの話をしている両親のいる居間からの光が寝ていた部屋に漏れ込んでくるように。何を話していたかはもう覚えていないが私が起きないように少し遠慮がちな両親の笑い声と仲間はずれにされたような少しの寂しさを思い出しているとショップのようなスペースが見えてきた。
最後の3段ぐらいのところでミッフィーが見え「ここがショップだな」ということはニシンももうすぐだなと思いながら辺りを見回した。出口に近い方にショップが広がっており、左を向くと右奥にショップのレジがあった。
そして、左手にテイクアウト専門のカフェのカウンターが見えると同時にカウンターの左手の壁にあるメニューも目に映った。
ショップを軽く見てまわり(おそらく15秒ほどだったかと思う)カウンター横のメニューを見に行くことにした。カウンターに続く例のシートベルトとポールで区切られた行列用のレーンが作られていたが先に並んでいた2人連れの人が会計を終わるところのようで他に並んでいる人もいなかった。ただ、そこに入ると何かに吸い寄せられるように、視界の片隅に入っていたカウンターで待ち構えるスタッフのところまで行ってしまいそうだったので、そのレーンには入らずシートベルトの外側からメニューを見る事にした。
すでに時計は夜の7時半を差していたのでニシンはもう売り切れているだろうと思いつつも一縷の望みは捨てていなかったが完全に諦めたわけではなかった。そのメニューの内容を見るまでは。
少し離れたところから見た時は、なにやら張り紙やら名刺サイズのカードのようなものが新しいメニューが始まったように既存のメニューの上に貼られているのが見えた。
おそらくというか確実に売り切れの札である事は覚悟したが、メニューを近くで見るまでの数歩、足を進める間はその札の真相は無視していたような気がする。
が、やはり貼られていたのは新メニューでも期間限定メニューでもなく、売り切れSOLD OUTと書かれたラミネートされた紙だった。
売り切れの文字は黒背景に白抜きのデザインになっていて少しばかりデザインされているところに落胆した心はわずかに和らいだ気がする。
そしてニシンのメニューが書かれていたであろう「FISH 魚」と書かれているセクションには売り切れの札とその下にさらに張り紙が貼ってあった。そこには「We are currently waiting for fresh Herring to arrive from our Dutch Fishermen in the Netherlands ,Sorry for the inconvenience
現在、オランダのオランダ人漁師から新鮮なニシンが届くのを待っています。ご不便をおかけして申し訳ございません。」という英語と日本語の少しフランクかつ丁寧な謝罪文が書かれていた。
「そりゃそうよな、、」と周りにいた人に聞こえるか聞こえないかの大きさの声が口から漏れていた。
そうは言っても私のお腹は売り切れだからといって納得してくれ無さそうな状態だったので、他に何かないか改めてメニューを見ると縦2列に左側がドリンクメニュー、右側がフードメニューになっていて、ドリンクには売り切れの札は貼られておらず、フード側はほとんど売り切れの札が貼られていた。
札が貼られていないフードメニューは2種類のワッフルだけだった。
「ストロープワッフル」と「砕いたストロープワッフルとシロップをトッピングしたソフトクリーム(バニラ味)」があったが5月末のこの日の夜はまだ少し肌寒くジャケットを羽織りたいくらいだったが、adidasのスラックスとYシャツ1枚だけだったのでソフトクリームの方は選択肢から外した。
そうなると結論を出すのはもう簡単だった。
ストロープの意味もよくわからなかったが足はすでにシートベルトのレーンに入っていた。そしてカウンターの前まで行くとキレイな日本人(ネイティブな日本語だったのでおそらくだが)の女性が“お待ちしていました!”とでも言いそうな笑顔で注文を待っていた。
その女性の後ろにも何人かのスタッフがいたが忙しくは無さそうだが皆一様に楽しそうに見えた。スタッフ達も万博を客の私とは違ったベクトルで楽しんでいるようだった。
私は「ストロープワッフル」と少し悩んだのち「カフェラテ」を注文した。カウンターの中央付近にはおそらく保温するためのケースがあり、その中に15cmほどの正方形の2辺が開かれた白い紙に包まれた何かが数枚置かれていた。
多分その白い紙のものが「ストロープワッフル」だと思ったが、念のため注文をきいてくれたスタッフに「ストロープワッフルってどういうのですか」と聞いてみた。
すると「こういうものです」と、まさにその白い紙の中を見せてくれた。
そこにはブラウンの2mm間隔ほどの格子模様で3〜4mmほどにプレスされたものが見えた。
「いいですか?」
「はい」
奥のスタッフはエスプレッソマシンのようなものでカフェラテを用意してくれていた。
少し間があいたので
「ニシンはもうないんですか」と売り切れているのが分かっていたが念のため聞いてみた。
「そうなんです。もう日本に在庫がなくって、次に来るのは6月入ってからになると思います。」
「あーそんなんですね」
やっぱりそうなんだと思いつつ、今日の分が売り切れとかじゃなく、次の分が入荷するまでずっとないのかという事に少しの驚きと残念さに気持ちを整理していると
「今オランダからニシンが泳いできてるところです」
えっ!?と思うと同時にアハハと笑った。
スタッフのユーモアに先ほどの残念さは消えていた。
あとで思うとじゃあ今太平洋ぐらいかなとでも答えればよかったと思うのは関西人としてのさがか。
電子マネーで支払いを済ませるとレシートを持ってカウンターの右手でストロープワッフルとカフェラテを受け取り、ありがとうと言いながら店を出た。
外はすっかり暗くなっていて目の前の植え込みの樹木の足元だけがガーデンライトでぼんやりと明るくなっていた。
オランダ館の正面の植え込みの前にあるベンチに座ったものの植え込みのライトとオランダ館の照明で辺りが明るくなっているせいかここにもユスリカさんが行き場を無くしたように集まっていた。
ベンチで休憩するだけならともかく、ワッフルをユスリカにあげるつもりはないのでオランダ館を出て左手のもう少し暗いベンチに座った。
座ると右の前方に休憩所としての役割を与えられるたバスが停まっていた。
前に来た時も同じ位置にあったので一時的なものではなく常時停まっているのだろう。
一瞬そのバスで食べようかとも思ったが、煌々と照明に照らされたバスの車内は休んでいる人こそあまりいなかったものの、ユスリカも休んでいるかもしれないことと、そもそも飲食できない可能性を考えて、ベンチでワッフルをいただく事にした。
ワッフルは甘さ控えめで、ホロホロとした食感で薄くプレスされた生地の間には、生地とは対照的なほど甘くねっとりとしたキャラメルのようなものが入っていた。
この甘さならコーヒーに合うなと小さく頷きながら少しぬるくなったカフェラテを口に含んだ。
時計は19時40分を差していた。
まだ今日を終わらせるには早すぎる。
暗闇を溶かすように明かりが揺らめいていた。振り返るとオレンジ色に染まったリングが安心感という光で闇を包み込もうとしていた。
7/28追記
7月に入りやっと食べることができました!
ニシンサンドについてはコチラ



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